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健康講座: 講座報告2003年10月15日 日本語講演内容 中国語講演内容
講座報告2005年7月5日 生き生き健康講座 生き生き健康講座第2回
第8回生き生き健康講座

日本語講演内容 - 中国帰国者ための健康講座

「異文化環境の中での心の管理及び病気に対する対処法」
             すずしろ診療所医師 石川 宏(中国帰国者二世)

1.異文化環境の概念
 人は生まれて成長する中で、始終周囲の環境から色々な影響を受けます。風俗習慣の影響、世間の事物に対する認識、特に言葉や、文化、教育上の影響、それから社会制度、風潮や社会変化の影響などです。まさにこれら社会的環境的要素がこのような環境におかれた人間の生活素質を形成します。これを母文化素質と呼びます。その環境はまさに母文化環境です。これとは反対に異なる社会環境、生活習慣、風土人情の違い、とりわけ言語構造の違い、社会制度の違いが、母文化と異なる異文化環境であり、異文化圏とも言われます。

 中国帰国者は中国社会で、中国文化圏という環境の中で成長した世代です。残留孤児、残留婦人の血縁は日本で、帰国者二世・三世も日本の血縁です。でも成長過程の中で中国語を話し、中国文化の影響を受け、社会教育を受けました。人への接し方、物事の認識の点では中国大陸の方式です。とりわけ中国と日本の社会制度上の違いは、多くの概念を全く別のものにしました。帰国者は自分の祖国、自分の父母の国に帰っても、言葉の障害、生活習慣や社会的交際、物事の見方について、慣れないとか、理解できないと感じます。つまり日本社会は帰国者にとって異文化環境なのです。

2.異文化環境が精神・情緒面に与える影響
 人類が他の動物と異なるのは、人は社会の中で生活し社会性を持っているということです。精神活動は人々が社会活動する基本的な機能、つまり肌や肉のような運動機能です。各臓器が身体の各部分の機能であるように、精神活動は人体の健康で重要な構成部分です。
 WHO(世界保健機構)の健康定義は、「身体だけではなく精神的にも、社会的にも健全な人こそ真に健康な人」として、健康人の精神面、社会面の健全性を強調しています。ここ数年来、身体や精神、社会的な健全さ以外にも、さらに1人の人間の生存意義を重視し、生存の自信(生き甲斐)こそ、完全に健康な人間だと言っています。

 帰国者の健康状況、特に精神面、社会的な健康状態はどうでしょうか? 喜びと希望に満ち、自分の父母の故郷、血縁のある国に帰って、先ずぶつかる困難は言葉が通じないことです。さらに生活習慣になじめない。認識が異なる。精神面では過度に緊張し不安になります。精神的負担が増します。ですから精神的な抑圧感だけでなく、色々身体上の不快感や症状を引き起こします。

 帰国者の中の多くの方は来日後、色々な体験をします。日本に来たばかりの数ヶ月は一日中沈みがちで、朦朧として何をしていいのか分かりません。雲の中、霧の中をさまよっている感じです。私の妻は日本に来たばかりの時、外出して家に帰るためにバスに乗らなくてはなりませんでした。日本語がわからないので目を大きく開け車外を見ます。乗り越すのが怖かったのです。けれどどうしたことかバスに乗るとすぐ眠くなってしまいました。 寝ているような寝ていないような状態で、うかつにもいくつかバス停を乗り越してしまいました。これはまさに過度に緊張した結果引き起こされた精神疲労です。目も鈍くなり、耳も遠くなりました。まるで外界との間に膜が張られているようでした。周囲の世界に対して現実感を感じなかったし、生活はまるで幻想の中のようでした。このような状態とともに色々な病態や症状が出現することもあります。つまりあちこち具合悪い、食べても味を感じない。お腹がすかないし満腹感もない等です。私はこのような経験をした帰国者患者の1人です。自分では何も味を感じないし、食べたくなかったのです。食べても満腹感がありません。朝から晩まであっちで一口、こっちで一口と食べました。続けて食べてむかつき吐きました。しばらくしてまた食べました。以後1ヶ月で6−7kg前後体重が増加しました。別の帰国者は来日後、いつも気分がふさぎがちでした。重い時は息切れし、気が遠くなって倒れることさえありました。何度か救急車で緊急治療室に運ばれましたが、精密検査(心導管検査、超音波診断、24時間心電図)を繰り返しても異常は発見されませんでした。

 もちろん、これら諸々の不快な症状は必ずしもすべて精神的抑圧や緊張によるものとは限りません。しかし、過度に精神が緊張し疲労した状況下では、私たちの体の調節能力、コントロール能力、抵抗力はすべて下降し、私たちの体に不快な症状を生み出します。過度な精神的負担を受け止められず、精神的に崩れていって精神病患者になった例もあります。これは「異文化精神病」であり、異文化環境の中で、自分の精神状態を調整しきれず精神病を引き起こしたものです。

3.異文化環境の中でどのように健康な精神を保つか
 「郷に入れば郷に従う、地域社会に溶け込む」 私たちはいつもこのような話を聞きます。これは口先だけの話ではありません。これは私たちが精神の健康を維持する基本的な方法です。人は社会的な生き物です。精神活動も、社会との交流の中でこそ調整できるし、健全でいられるのです。とりわけ帰国者に関して言えば、自分が日本で終生暮らすだけでなく、子孫もまた日本で生活し続けなければなりません。日本社会に入って地域社会に溶け込むことは、私たちにとっては、精神の健康を維持するだけでなく、歩むべき人生の道なのです。

 「郷に入れば郷に従う、地域社会に溶け込む」これは非常に簡単でわかりやすい道理です。しかし「言うは易く行うは難し」。帰国者の多くは、一生懸命日本語を学び地域社会に溶け込みたい、特に近所の人と交際したいと思っています。あなたが湯気の立った手作りぎょうざを持って、隣の玄関まで届けに行った時、奥さんは玄関先で笑顔で出迎えてくれ、短い言葉を言った後、すぐにお返しのお菓子を持ち出すでしょう。冷たくもなく温かくもない、人を敬遠し門外に追いやる態度に、どうしても見ただけで怖じ気づいてしまいます。中国にいた時は友人や隣近所の人が訪ねて来たら、必ず部屋に招いておしゃべりをしたものです。このようにたちまち人と人の距離が近づきました。日本では友達一人作るのも容易ではありません。まして日本の友達を作るのはもっと大変です。時には比較的親しい同僚や友人ができます。しかし日本人の話し方は曖昧で、たとえあなたが言い間違って相手を傷つけても、面と向かって反駁しないでしょう。しかし、その後いつのまにか関係が冷めます。ですから私たちは日本の友人と話すときは慎重にも慎重を期して、言い間違って人を傷つけないようにしましょう。本当に日本で生活し友達をつくるのは大変ですし、疲れます。これは単に言葉の問題だけではなく、生活方式と付き合い方の違いによるのです。日本社会に入ろうと思えば、必ず日本社会を理解し、日本人の人間関係や付き合い方を知らねばなりません。もちろんこれは私たち個人の願望や努力によってできる事ではありません。社会の各方面の帰国者に対する理解や支援が必要です。練馬区の帰国者団体「同歩会」の会則には「帰国者と家族と地域住民が地域での暮らしの途上で、人生の奮闘努力の途上で、ともに前進する=共に歩く(同歩)」とあります。同歩会は帰国者が地区社会にとけ込めるように色々な努力を続けています。日本社会と更に多くの日本人が帰国者を理解し、帰国者が地域社会にとけこむよう支援してほしいと思います。中国から来た人は中国人であると単純に考えないでください。私達帰国者は真に日本社会の一員として参加できるよう、長い道のりの中でたゆまぬ努力をしなければならないのです。

 帰国者の中の若い人たちは、速やかに日本語を習得しますし、仕事上や社会での交際機会が多く、日本社会に溶けこむのも早いです。しかし年齢が高い帰国者は、言葉の学習も比較的遅く、適応力も劣ります。物事の見方も融通がききません。ですから日本社会に入るのは大変です。精神的な負担やストレスも大きく、精神状態が悪く度々色々な症状が出ます。

 先日の朝、私と妻は公園に散歩に行きました。太極拳を練習している中国人女性に出くわし、立ち話しました。その女性は残留孤児で、すでに60歳を越えており、来日して8、9年経過していました。年齢も高く日本語の学習も大変で覚えられません。ですから一日中家の中にいて、話す相手もいません。沈みがちな気持ちでいたところに、(私達と出会い)話し相手を見つけて大変喜んでいました。別れ際その女性は「今日あなたがたと話せたから、今週は気分がいいだろう」と言いました。この話は私に深い印象を残しました。多くの帰国者が一日中鬱々として家に閉じこもり、孤独で不安な状態にあります。長期化すれば病を招きます。人は外界や社会と通じ合ったり、つながったりして、フィードバックを通じ自分を調節しなければ、精神状態は平衡感を保てません。外に出て外界と交流してこそ精神上のストレスを解消し、心身の健康を保てます。現在中国帰国者支援・交流センターは東京地区でゲートボール交流や象棋交流会等を展開しています。センター内でも書道教室、ゲートボール教室を開催し、今後もその他の活動を展開する予定です。またある支援団体はサロンを作る準備をしています。このような場は帰国者同士が集まって話ができる機会であり、これも社会との交流の場所、日本社会を理解し、社会参加する入り口なのです。みなさんがたくさん利用されることをお勧めします。

4.病気に対する対処法
 精神的負担が大きいので、帰国者の罹患率は同世代の日本人と比べかなり高いです。けれど、これは必ずしも精神状態が原因というわけではありません。他に個人の健康状態という要素があります。帰国者の多くは長期にわたって寒冷で乾燥し砂塵の多い中国の内陸で暮らしていました。日本のように高温多湿で梅雨のある所に来ると、適応できません。「風土が人を養う」といいますが、風土に合わず、よく病気になるというのは重要な原因です。

 帰国者の診療困難という医療問題はすでに社会の注目するところです。言葉が通じず、自分の症状や苦痛、不安を医師にはっきり言ず、医者の説明も完全には理解できません。ですから病気になっても日本の病院に行って診察を受けたがらない。ひどい人は病院に行くのが怖いのです。ですから病状が軽い間は、家庭に備えたクスリを用い、病気が重くなってから病院に行かざるをえないのです。家庭の常備薬の多くは中国から持ってきたか送ってきたかした物です。その中の多くはすでに使用期限が切れています。診察を受けず、医療知識のない状況下で、自分の考えや経験だけで薬を使用するのはとても危険です。このようにいい加減に薬を服用し病気が長引いたり、クスリを飲み間違えて病院に来たりする帰国者の数は、私が出会っただけでも少なくません。病気が重くなると手術をしなくてはなりません。日本の病院に入院したくなくて、中国に帰って手術をした人が沢山います。現在中国の病院で治療をすると自費で、しかも高いです。どうして設備の条件がよく、治療技術の進んだ日本の病院に入院しないのでしょう。「私達帰国者が安心して行ける医療機関がない。」これは多くの生活指導員や相談員が20年余りの間に耳にした(帰国者からの)不満や訴えです。

 ある帰国者2世(50歳代男性)は、幼い時、一時的な精神異常の病歴があり、大人になってからは中国ではずっと発病していませんでした。10年前母親(残留婦人)に伴い、一緒に日本に来ました。言葉が習得できず、焦燥感は段々つのりました。朝から晩まで居ても立ってもいられず、不眠で深夜あちこち彷徨する、全身どこといわず痛い。血圧は高い時は100〜200。あちこち病院に行きましたが治りません。さらには何度も医者と言い争いをしました。生活指導員がすずしろ診療所を紹介しました。私は彼から詳しく病状を聞いた後で、根気よく病気の原因を説明しました。とりわけ精神的不安との関係を説明し、薬を増やさずに、むしろ投薬を8種類から4種類減らしました。現在、病人の気持ちも病状も安定し、血圧も正常です。医者は病気を治すだけではなく、人を治さなければなりません。医者と患者がお互いに信頼し理解し合うことは非常に重要です。病人の心身が安定すれば、病状もいくらか良くなり、治療も最大限に効果を効果を現わします。

 今後、私達帰国者の中から医師や看護師が多く誕生し、中国語で診療を受けられるようになれば理想的なことです。それがかなわなくても、今いくつかの地域で取り組まれている医療通訳ボランティアの研修など、診療支援体制の充実化が図られるようになれば、状況が改善されるでしょう。帰国者が安心して日本の病院で治療を受けられるよう関係機関の支援を願わずにわずにはいられません。

5.日常生活上の健康管理
 みなさんはよく「成人病、生活習慣病」という話題を耳にするでしょう。成人病というのは「中年以降発生しやすい慢性疾患」で、発病原因は飲食習慣や生活規律と密接な関係があります。しかしどうして成人病という呼称を生活習慣病と改めるのでしょうか。

 1996年10月日本の厚生省(当時)が「高血圧、動脈硬化、心臓病、脳卒中、がん、糖尿病などの成人病という呼称を生活習慣病と改める。」という通知を発表しました。これは単純な名称変更ではありません。これらの病気に対するさらなる認識の結果、対策を改めたのです。

(1)これらの疾病は、年齢の増加とともに病気に至るのではありません。長期間に亘って良くない生活習慣を蓄積することによって病気になるのです。日本社会の飲食習慣は西欧化し、これらの成人病も低年齢化しています。小学生の肥満などは社会が注目しているところです。
(2)早期発見、早期治療の二次的疾病予防対策から、未然に発病を防ぐという一次的予防対策への変更。つまりこれらの疾病に対して早期に症状を発見し、早期に治療するという治療を主にした対策から、生活習慣を改善することによって、発病を予防する対策への変更です。主要な悪い生活習慣とは、飲食習慣、嗜好習慣、運動習慣、休息習慣の4つの方面です。時間が短いので簡単にとりわけ帰国者が一層注意しなければならない注意点を申し上げます。

1.飲食習慣上の注意

○適当なカロリー:
  標準体重=身長(m)×身長(m)×22
  軽労働(家庭活動)レベル 25〜30キロカロリー/kg x 標準体重
  体力労働レベル      30〜35キロカロリー/kg x 標準体重

身長 標準体重 軽労働必要熱量 肉体労働必要熱量
1.50m 49.5kg 約1250〜1500kcal 約1500〜1750kcal
1.60m 56.3kg 約1400〜1700kcal 約1700〜2000kcal
1.70m 63.6kg 約1600〜1900kcal 約1900〜2200kcal

○栄養成分比率のバランス
 主食(米・小麦粉)、たんぱく質、油分、繊維質など、バランス良く摂取しなければなりません。
帰国者家庭の多くは中国の飲食習慣を維持し、炒め物や肉の煮込み料理を好みます。油っこいものが多く、塩分も過剰なため、カロリーオーバーになりがちです。ですから帰国者の中には高脂血症、高コレステロール、動脈硬化、高血圧などの患者が比較的多いのです。

○飲食時間の規律化
 帰国者家庭の多くは毎日三食で、この点は比較的よいが、睡眠前に食べない、夜食は取らないなどの注意が必要です。


2.嗜好習慣の注意
 喫煙は身体にとって何の益もありません。禁煙ができなくても量を減らすことが必要です。飲酒については、少量の飲酒は血流を促しますが、飲み過ぎないことが大切です。飲み過ぎは肝臓を傷め、血圧を上昇させます。ビールは中瓶1本まで、白酒は100CCまで。暴飲し泥酔するのは一番避けなければなりません。

3.運動上の注意
 生命は運動するためにあります。毎日鍛錬することは健康維持の鍵です。過度の運動や激しい運動をしたりするのは必ずしも必要ありません。散歩や太極拳、気功などは運動になります。

4.休息習慣上の注意
 労働と休息を結びつけ、働きすぎず、怠けすぎず 日常生活の中で動けるならできるだけ動きます。外出機会を増やし、社会と多く接することです。  

 身体に気を付け、健康を維持していても、定期的に自分の身体の健康状況を検査する必要があります。会社では毎年健康診断があり、地方自治体も毎年無料の健康診断(成人健康診断、老人健康診断)を実施しています。みなさんがこの機会を利用されることを願っています。よく帰国者が「私の身体は問題ない。検査の必要はない。」「検査結果はすべて正常。意味がない。」というのを聞きます。私は「病気があるから、検査値が異常だから検査に行く。」のではなく、健康診断は自分の身体の状態を知るためのものだと思います。身体の状態が良ければ安心ですし、もし問題を早期発見すれば早期治療が可能です。時期を失して重症の大病にならないようにしましょう。健康診断の手続きは簡単です。所在地の役所に行って申請すればすぐ健康診断票をもらえます。所在地および近在の医院や診療所で検査を受けることができます。みなさんも一度、最寄りの役所や周囲の支援者に尋ねてみてください。

 


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